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博多の名所・旧所


博多には、由緒ある神社・仏閣や趣のある街並みなどの歴史的資産が多く、
レジャー施設など多くの集客施設もあり、県外からも多くの人々が訪れる魅力のつきない街です。


●福博であい橋(中央区西中洲・博多区中洲4丁目/天神から徒歩約10分)
博多と福岡がまた近くりました。中洲と西中洲の貴賓館間の那珂川をまたぐ全長78.2mの“であい橋”がその役目を果たしました。歩行者専用橋として誕生したわけですが、橋上から昼間はオフィス街を、夜はネオン輝く歓楽街のたたずまいを川面に写して見物できる新名所となりました。


●住吉神社(博多区住吉3丁目/西鉄バス住吉下車、徒歩2〜3分)
住吉宮の歴史は神話の世界から始まるとされています。博多の“おすみよしっさん”(住吉神社)は那珂郡岩戸村河内(現・筑紫郡那珂川町)から遷宮されたといわれていますが、年代は不詳。中洲のデルタが出来上がる前から神社は存在しており神社の前は海で船着場でした。社前の池がその名残といわれています。本殿は住吉造りの様式で、元和9年(1623)黒田長政が寄進したもので、歴代藩主が崇敬している。境内には能楽堂など文化施設がある。4月3日の“潮干祭”3月7日の御田祭など、名物行事が多いことも有名。


●博多町家ふるさと館(博多区冷泉町/市営地下鉄祇園駅下車、徒歩約10分)
かつて博多の町筋には、どっしりとした大店(おおだな)が軒を並べ、江戸、大坂にも劣らないにぎわいを見せていました。しかし、空襲や戦後の区画整理で大半が消え去りました。そこで、博多情緒を再現しようと平成7年8月、生まれたのが福岡市の歴史体験施設「博多町家ふるさと館」。明治中期建造の旧博多織元「三浦邸」(木造2階建て)を移築・復元して、新たに展示棟(3階建て)とみやげ棟(2階建て)を加えて、博多の町筋を再現しました。町家(まちや)棟では博多織の職人が実演を披露し、展示棟では市民から提供された明治、大正期の調度品、工芸品も展示、当時の博多の暮らしを再現しています。このほか、明治、大正期の博多のジオラマやのぞきからくり、博多弁のテープも流れるなど、しばし、古き博多に浸ることができます。「三浦邸」の復元に、1300年前の法隆寺金堂や400年前に豊臣秀吉が建造した聚楽第(じゅらくだい)と同じ伝統の左官技法が使われているのも見もの。すぐ傍に博多祇園山笠などで有名な櫛田神社もあります。手頃な徒歩観光コース。


●博多リバレイン(博多区下川端/市営地下鉄中洲川端駅下車、徒歩1分)
平成11年3月オープン。那珂川をはさんで福岡部と博多部に分かれる福岡市にとって、古くからの繁栄の歴史を持ちながら近年、やや衰退気味だった博多部の活性化が期待されています。
リバレインとは、仏語と英語で"川岸"を意味する言葉。文字通り、博多川(那珂川の分流)のほとりに立つ、物販からエンターテイメント、住宅まで含むユニークな複合施設。多様なショップが集まるイニミニマニモ(どれにしようかな)や博多の老舗が集まる専門店街、飲食店街、オフィス、集合住宅、そしてアジアのアートが交流する福岡アジア美術館が入居するリバーサイト、267室、11の宴会場を擁するホテルオークラ福岡が入るホテルサイト、芸どころ博多再興の期待がかかる演劇専用劇場・博多座が入るイーストサイトから構成されています。


●大濠公園(中央区大濠公園/市営地下鉄大濠公園駅下車、徒歩約5分)
草香江といわれる博多湾の入り海だったのを、福岡城築城のさい濠とした。昭和2年(1927)、東亜勧業大博覧会会場造成の時半分が埋め立てられ公園となった。モデルは中国の西湖と云われている。


●豊国神社(博多区奈良屋町/市営地下鉄呉服町駅、西鉄バス蔵本下車、徒歩5〜10分)
天正15年6月(1587)島津征伐からの帰途、太閤秀吉は焼野原となっている博多の街を見て、家臣の石田三成らに街の再興を命じました。これが「太閤の町割り」。楽市楽座の掟を作り、博多商人の繁栄を促した。秀吉の死後、豪商・神屋宗湛は遺徳をしのび屋敷内に祠を建て謝意を表わしました。明治19年(1886)町割り300年祭の時神社に昇格しました。神社の社宝だった“町割り間杖”は昭和20年の博多大空襲で焼失したが、神社は昭和51年に再建されました。



●西公園(中央区西公園/西鉄バス西公園下下車、徒歩約5分)
桜の名所となったのは、明治18年(1885)以降のこと。それまでは松が主体の雑木林、地元の人達の手で、桜や楓が植林され、明治33年(1900)に西公園と呼ぶようになりました。公園に指定されたのは古く明治14年、東公園についでのこと。名称も“荒津山公園”。万葉の歌集の中にもしばしば登場する“荒津”はこの附近一帯、大陸への交易も山麓の海岸から出入りしていました。



●愛宕神社(西区愛宕2丁目/西鉄バス愛宕下下車、徒歩約20分)
猪野にゃ七度、香椎にゃ三度、愛宕さまには月参り…愛宕さんの愛称で、願かけの神社で親しまれています。明正11年(1634)に2代藩主・黒田忠之が京都の愛宕神社を勧請。鎮火、開運、延命長寿、商売繁盛にご利益があるとされ、禁酒、禁煙などの禁断の願に霊験あらたかといわれています。




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